第62回特攻平和観音年次法要の斎行

  本年9月23日(秋分の日)に実施された年次法要は、昨年までと異なり天候にも恵まれた大変に爽やかで素晴らしい1日となり第62回目の特攻平和観音年次法要が斎行された。
さて、今回の年次法要も、特攻観音堂すぐ横にある鐘楼堂で14時ジャストに制服自衛官2名による梵鐘点打を合図に開催となった。
  山門から特攻観音寺山主の太田賢照住職、駒繋神社の澤田浩治宮司等が山門から静々と入場され参列者の見守る中特攻観音堂に入堂した。一昨年から司会を担当している若手・及川昌彦氏の進行により、全員の国歌斉唱を皮切りに特攻平和観音年次法要が開催された。演奏は昨年から海上自衛隊東京音楽隊に最近まで勤務されていた堀田和夫氏によるトランペット独奏である。
  本年次法要では、平成19年から仏式と神式による神仏習合による式典として地元の由緒ある駒繋神社の澤田宮司さんに加わって頂き他には見られない形式で執り行われている。

  この法要が行われている『特攻観音堂』は昭和29年に華頂宮様から手が離れたのを知り先代の太田睦件賢和尚が譲り受け現在の地に移築されたものである。しかし、お堂も年の経過で老朽化が進んでいたため平成17年に会員等から浄財を集め一度修理されたものが現在のお堂である。
国家斉唱の後は、この特攻観音堂の中で太田賢照大住職による特攻平和観音経の山主願文から始まり、澤田浩治宮司による修祓・献餞・祝詞奏上と仏式及び神式の祭典が整斉と続けられた。



そして、祭主として(公財)特攻隊戦没者慰霊顕彰会の理事長・杉山 蕃氏によって素晴らしい内容の祭文(別掲)が読み上げられた。続いて、昨年も来賓として参列された世田谷区長の保坂展人氏によって参列者に対し地元を代表する挨拶が行われた。


その後は、永年に亘り毎年陸軍と海軍特攻隊戦没者の遺詠2首を、80歳を過ぎたとは思えない素晴らしい美声でもって一誠流石橋一歌先生と龍笛の逢坂龍信先生お二人により吟じられ一同静粛に聞き入っていた。

  次に行われる献歌ですが、昨年までは主に女性のみの世田谷コールエーデ合唱団によって行われてきました。しかし、今回は学徒出身者により新しく作成された「我が戦友よ」の作成に関して評議員・大穂園井女史から説明があった後、大穂孝子女史の指揮の下十数名で編成された「特攻慰霊顕彰会男性合唱団」によりこの「我が戦友よ」と「加藤隼戦闘隊」、「若鷲の歌」の3曲が歌われましたが、他の参列者からも一緒に歌いたかったと多くの声も聞かれた。




献歌の後は、神式として祭主の杉山理事長、保坂区長そして遺族でもあり顕彰会の理事である臼田智子さんの3名が代表して玉串奉奠され、その後は、仏式として御遺族、御来賓に続き参加者の全員が特攻観音堂前で数多くの参列者の焼香が行われた。全員が焼香を終えられた状況を確認し、特攻観音堂から太田賢照山首及び澤田浩治宮司等が退堂され池に佇む夢違い観音の前に進まれ、引き続きこの池の前にて池前祭が行われ今回の年次法要の終了となりました。


法要も終わり直会ですが、毎年遠く福岡から参加されている90歳になるお元気な福岡県偕行会会長の菅原道之氏により特攻戦没者の御英霊に献杯され、乾杯の発生で参加者全員による直会が開始されました。参列者は昨年同様二百名少々お参加者でしたが、毎年参加されている方がいるため手際もよく狭いところでテーブルや椅子の準備、お酒・ビールの手配も同期の方々などと手際よく行われた。
お寺側で十分に準備してもらっていたお酒・ビールも会が盛り上がるにつれ足らないような状況でお寺に依頼しお酒を追加してもらった程です。和気藹々と盛り上がってましたが、予定時間も過ぎ全員で来年の再会を期して閉会となりました。

(公財)特攻隊戦没者慰霊顕彰会
事務局長 羽渕徹也
Copyright © 2001 特攻隊戦没者慰霊顕彰会 All Rights Reserved.