大西海軍中将について

会報第45号より

 命令によって初めて航空特攻を出したのは、第一航空艦隊司令長官大西瀧治郎である。彼が神風特攻隊を発進させた目的は、捷一号作戦の要をなす栗田艦隊レイテ湾突入を成功させる為、敵空母の甲板を使用不能にしようとするにあった。零戦に250キロ爆弾を載んで体当たりしたとて、空母を撃沈できる筈はない。一時的に飛行甲板を使えなくするのが狙いだった。極めて合理的な考である。しかし、栗田艦隊の突入断念反転によって、この特攻作戦は無為に終るのであるが、それはさておき、その後も敵艦に対する体当たり特攻を続行した。
物語り風に書かれたある書物によれば、特攻を継続すれば戦争に勝てるのか、という新聞記者の質問に対し、゛ここで青年が起たなければ、日本は滅びる。 しかし青年達が国難に殉じていかに戦ったかという歴史を記憶する限り、日本と日本人は滅びないであろう゛と答えたという。また次のようにも言ったという゛日本のこの危機を救いうる者は大臣でもなけりゃ、軍令部総長でも司令長官でもない。三十歳以下二十五歳までの、或いはそれ以下の若い人々で、この人達の体当たり精神とその実行、これが日本を救う原動力なのだ゛この言葉が一字一句大西長官の言かどうかはわからぬが、その気持ちがなければ、日毎に傾きゆく戦局の中で、飽くまで特攻作戦を続けることはできなかったであろう。
栗田艦隊突入を成功させる為、敵空母の飛行甲板を破壊することを形而下の目的とするならば、後世の青年を奮い立たせるのは形而上の目的と言うべきであろう。平和ボケした現代人は言うだろう「後世を奮い立たせる為に無為に特攻にかり立てるなど、とんでもない」と。だから大西長官は言った゛わが声価は、棺を覆って定まらず、百年ののち、また知己なからんとす゛と。
戦いやんで半世紀、大西長官の求めた特攻の形而上の目的は、今の世にも必須である。連日の新聞の報ずるところ、政治家にも庶民にも醜状ばかり目につく。時代が違っても往時の特攻精神が僅かでも存すれば、世の中はもっともっとよくなるであろう。世にそれを語り伝えるのが、我々の役目である。終戦の翌日、大西提督は自決するのであるが、死に臨み後の世をどのように予測されたのであるか。

遺書

特攻隊の英霊に日す善く戦いたり、深謝す最後の勝利を信じつつ肉弾として散華せり然れ共其の信念は遂に達成し得ざるに至れり吾死を以て旧部下の英霊と其の遺族に謝せんとす

次に一般青壮年に告ぐ 我が死にして、軽挙は利敵行為なるを思い聖旨に副い奉り、自重忍苦するの誠ともならば幸なり隠忍するとも日本人たるの衿持を失う勿れ諸子は国の寳なり平時に処し、猶克く特攻精神を堅持し、日本民族の福祉と世界人類の和平の為、最善を尽せよ

海軍中将 大西瀧治郎


大西瀧治郎海軍中将

フィリッピン ルソン島マバラカットにある
大西瀧治郎中将記念碑
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