為安井昭一 島津源吉と書かれた日章旗


少年飛行兵当時の
安井伍長の写真

協会のホームページに、米国のユタ大学で教鞭をとっている松林和夫氏から、要旨次の如きメールが入った。

イ、 先日偶然友人から元米海軍兵士が所有している日章旗を見せて貰った。
ロ、 日章旗は綺麗に保存されていて、神力無?? 島津源吉 為安井昭一 と書かれている。
ハ、 1945年の5~6月頃沖縄海域(北緯28度近辺)で、兵士の乗船の目前で撃墜された神風パイロットが身に着けていた。
ニ、 引き上げられた飛行士の遺骸は、簡単な儀式が施されてシーツに巻かれ、金属性の弾薬箱に収められて海中に沈められた。
ホ、 もし遺族の方と連絡がとれたらと願っている。

 協会発行の「特別攻撃隊」(平成4年9月23日発行)275頁に、第74振武隊(99襲)、 伍長 安井昭一 出身 京都 少年飛行兵 第15期 昭和20・4・7 特攻死 19歳 中城湾で戦死と記載されているので、早速少飛15期生会に連絡をした。

昭和19年3月、太刀洗飛行学校で初期の飛行訓練を、安井生徒と同じ班で受けていた岡本久吉氏によると、約30名いた班員のなかで、唯一戦後連絡が取れていないのが安井伍長であった。今回のことを機に、改めて京都市東山区役所、更に府庁援護課に照会したが、プライバシーの壁に阻まれてどうにもならず、知覧特攻慰霊顕彰会発行の戦没者名簿遺族欄に、安井つぎ(姉)東京都調布市深大寺東町5-9-6と記載されている場所を訪れたが、何等の手懸りを得ることは出来なかった旨の回答があった。

尚元米海軍兵士は、日章旗は返還しても良い意向をもっているらしいので、若し遺族や故人の親族をご存知の方は、是非当協会にお知らせ下さい。また安井伍長が発進した万世飛行場(鹿児島県)跡に建てられた加世田市平和祈念館内に展示したいとの要望もあり、目下その旨を松林氏に伝えお願いしている。

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