故郷を恋うる懐い

 よく口ずさんだ歌「麦と兵隊」にある”遠く祖国を離れきて/しみじみ知った祖国愛/友よ来て見よあの雲を”この心情体験した者ならずともよくわかる筈。まして目前に死をみつめている特攻隊員なら、更に切実なものがあろう。

●井樋太郎少尉

航士57期21歳、石腸隊員、昭和19年12月12日バゴロド発進、レイテ島バイバイ沖の敵艦船に突入。

 井樋少尉の両親に宛た最後の手紙に「神州不滅、信ずること厚きが故に、祈る心の切なるが故に、淡々たる心境にて征きます。我が父は神の父なり。我が母は神の母なり。降る霜の白髪となるも、清くおはしませ」と書き残し、更に生い立ちから出撃の直前迄を流麗な七五調の長詩をもって綴ってあった。七句一九節より或る長詩のうち故郷を懐うの情切々たる部分を抜粋すれば、


●石川誠三中尉

前出

明日の日は戦い死なむ今日の日は
静かに故国の 春を偲ばん

●日野真二少尉

陸士57期21歳、殉義隊長、昭和19年12月21日マニラ発進ミンドロ島沖の敵艦に突入。

わらべ歌うたいて一日乙女子と
遊びし心 われ忘めや

 これは故郷のことではないが、心情的に通ずるものがあると思いここに掲げる。日野少尉が能代で訓練中に、門間病院で家族同様の歓待を受けた。特に一人娘の光子は少尉を兄のように慕っていたという。

●牧 光広上等飛行兵曹

乙飛16期20歳、神風特攻隊第二御楯隊、昭和20年2月21日八丈島発進、硫黄島近海の敵艦に突入。

いざ征かん明日は御空の特攻隊
結ぶ今宵の夢は故郷

●山城金栄准尉

 「故郷を恋うる思い」という標題で遺詠を拾ってみたが、それらは皆出撃準備しているところから遠く故郷を望むものであるが、ここに一つ特異なものがある。沖縄の敵飛行場に殴込みをかけた義烈空挺隊には、沖縄出身の山城金栄准尉がいた。この人は奥山隊がまだ挺身第一聯隊の第4中隊当時から中隊付准尉だった。出撃にあたり俺は郷里で死ねるとて喜をかくしきれなかったという。不時着して生残った者の証言によれば、出撃前ほかの隊員に対しても、新聞記者に対しても、声を大にしてそのことを語り、沖縄民謡まで聞かせたという。但し今残っている遺墨は次の通りである。

殉忠の至誠 魂 火玉となって敵を焼く

 副隊長渡部利夫大尉の機に乗り嘉手納に向ったが、米軍の資料では目標に到達していないらしい。

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