靖国神社で会いましょう

 靖国神社に祀られることは誰もが念頭にあったので、靖国神社とか九段の文字は遺詠や遺書の中の至るところに見かける。先ずは自分が戦死したら魂は靖国神社に行くのだと言っているもの、これは他人に言うのではなく、自分自身に言いきかせているのだろう。

●巽 精造少尉

幹候9期24才、64振武隊、昭和20年6月11日万世出撃沖縄へ

俺の住家は九段ときめた
しばし浮き世は仮のやどよ

●若杉正喜伍長

少飛14期20才、60振武隊、昭和20年5月4日都城東出撃沖縄へ

靖国の桜となりて薫る日の
誇を胸に 秘めて飛立つ

海軍の航空特攻は一機に二人搭乗したものが多いが、陸軍は殆んど一人である。孤独の死の淋しさを克服する為かこの種の歌は多い。

●次は同僚に一緒に靖国神社に行こうと呼びかけているもの、

貴様と俺とは同期の桜

離れ離れに散らうとも

花の都の靖国神社

庭の梢で咲いて会おう

●木村 実少尉

幹候10期23才、海上挺進第10戦隊、昭和20年7月19日ルソン島地上戦闘で戦死。

憂国丈夫大儀 九段社頭謝久闊

 さて、このように靖国神社に祀られているから、肉親の者に会いにきてくれと言っているものも少なくない。

●第一神風特別攻撃隊大和隊の植村眞久少尉の愛児に残した手紙には
お前が大きくなって父に会いたいときは九段へいらっしゃい。そして心に深く念ずればお父様の顔がお前の心の中に浮かびますよ
と言っている。

 次は遺書の末尾に自分は靖国神社にいることを告げているもの、

●関 三郎軍曹

義烈空挺隊奥山隊

 出撃にあたり遺髪と遺爪を入れた封筒に、次の一文を同封した。

大命降下勇躍征途に就きます。今迄の重々の不孝は何卒御許し下さい。いさぎよく散る覚悟です。何も思い残すことはありません。

よしや身は千々に散るとも来る春に
また咲き出でん靖国の宮

●古野繁実中尉

海兵67期24才、真珠湾攻撃の特殊潜航艇、昭和16年12月8日ハワイで戦死。
(父に遺した句)

靖国で会う嬉しさや今朝の空

●近藤 豊伍長

少飛15期18歳、第111振武隊、昭和20年6月3日知覧出撃沖縄へ

轟沈の空は青空靖国の
笑顔で迎える母の面影

●高村統一郎少尉

特操1期27才、第112振武隊、昭和20年6月3日知覧出撃沖縄へ

我がつとめ果して逢はん九段坂
桜の庭で 妹の待つらん

このような御祭神の意を受けて、肉親である遺族の心情はどうであったか。
一首紹介して結びとする。

●天野三郎少尉の妹天野和子の歌

一宇隊、昭和19年12月5日比島方面で航空特攻戦死

靖国の社に向いて合掌す
レイテの島に散りし兄見ゆ
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