我等が憶い

我等が憶い

あだし野にたふれし人のいさをしは
限りなき世に その名残さむ

 昭和19年12月21日マニラを出撃し、ミンドロ島沖の敵艦に突入した殉義隊長日野二郎少尉(陸士57期)の遺詠である。我々はいつもそのような気持でいる。特攻隊員の精神を世に鼓舞することが我が協会の使命である。然るに何ぞ、

かくばかりみにくき国となりたれば
ささげし人の ただに惜しまる

 ある遺族の嘆きの歌と聞く。我々は申し訳ない気持で一杯である。特攻隊員があのような精神になり得たのは、軍隊教育も与って力があったろう。当時の戦局や社会情勢も推進力となったろう、しかし根底をなすものは幼時からの教育にあった。死んでもラッパを口から放さなかった木口小平の話は、小学生に至大の感作を与えた。沈んだ潜航艇の中で認めた佐久間艇長の遺書を教科書で読み、児童は奮い立った。それを知らない年齢層の国民の多くは既に精神的敗者となってしまった。

 我々は慰霊慰霊といって玉串を捧げたり、焼香したりしているが、そんなことでここに掲げた二首の歌に応えることはできない。戦後五十年、日本民族はこのように腑抜けにさせられてしまった。五十年かかってさせられたのだから、直すのには五十年はかかるだろう。我々老骨はその方向だけでも与えて死ななければならぬ。

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