憂国碑錨地蔵尊御霊祭に参加して

憂国碑錨地蔵尊御霊祭に参加して
会員 原 知崇

 錨(いかり)地蔵尊は山形県回天会により、回天特別攻撃隊を顕彰し永遠の世界平和を祈念するため平成9年に建立された。7月20日、本年度で第18回目となる錨地蔵尊御霊祭に参加した。例年、山形県の出羽三山奥の院、即神仏信仰で知られる修験道の霊場、湯殿山山腹に鎮座する湯殿山神社に祀られる錨地蔵尊の御前で執り行われるそうだが、本年はしと降る雨に夏なお寒さを感じる中、近傍の堂内で開催された。冒頭に奉賛会事務局の大瀧氏より、御霊祭は神式の行事が行われた後引き続いて海軍式に則って進められるという説明があり、40数名の参列者が堂内に集った。参列者には海上自衛隊潜水艦乗員OBも多く、張りつめた空気の中で神式の行事は粛々と進められ、修験者姿の事務局長による般若心経の詠唱が続いた。その後海軍式の行事へと移り、地元有志「上山特別儀仗隊」の喨々としたラッパによる軍艦旗掲揚が行われた。今回は雨のため弔銃発射はなしとのことだが、御霊祭のために毎年出仕され、準備と教練を重ねておられるとのこと。御霊祭の終了後は冷たい雨の中にも関わらず錨地蔵尊の御前で名残を惜しむ参列者の姿が見られた。私も招き入れられて地蔵尊と対面した。地蔵尊は湯殿山神社大鳥居の近くにあり、錨を抱えた回天乗員の姿を模している。大東亜戦争に従軍された多くの若者が、アジア各地の山野に海に空に転戦され、あるいは特別攻撃隊員として挺身散華されたが、その勇魂は船の安全を保つ「錨」のように平和を支える礎となられたのであるというのが、「錨」地蔵尊の由来だそうだ。御霊祭の追悼の辞では、長さ15メートル、直径1メートルの人間魚雷回天を走行させ敵艦に命中させることの難しさ、それをなお乗り越えて特攻に散華された若者達の苦難が語られた。これは生々しい話である。しかし、これを語り伝えて行くことこそが、私たちが為さねばならないことであると熱く感じた。







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