第三編 顕彰譜

特別攻撃隊の頌 特別攻撃隊の頌

わが国が存亡をかけた大東亜戦争においては、開戦当初から生還を期すことのない特攻作戦が決行された。
弱冠十七、八歳から三十歳代までの勇士が、肉親への愛着を断ち切り洋々たるべき人生を捨てて、空に、海に、陸に、決然として肉弾攻撃を敢行し、偉大なる戦果を挙げ、ことごとく散華された。その数およそ六千柱、壮烈無比なこの攻撃は敵の心胆を寒からしめ、国民はひとしくその純忠に感涙した。
特別攻撃隊の戦闘は、真は至高至純の愛国心の発露として国民の胸奥に生き続け、また世界の人々に深い感銘を与え、わが国永遠の平和と発展の礎となっている。
ここに心から愛惜の情をこめて特別攻撃隊の諸史料をこの遊就館に納め、その精神と偉業とを後世に伝える。
昭和六十年十二月八日
特別攻撃隊慰霊顕彰会
会長 竹田恒徳

上記文面を刻んだ碑が、靖国神社遊就館内と世田谷山観音寺内「特攻平和観音」の堂の前に建っている。

 

 

金石に刻んだものは永遠
靖国神社や護国神社の祭祀は絶えることはないが、戦友が主催する慰霊行事はやがて消滅するのは当然である。
そのときになっても後世に語り伝えてくれるのは、金石に刻んだ碑である。
我々は慰霊祭と称して祭文を読み、玉串を奉ったり焼香したりするが、若い者が参列しておればまだしも、戦友だけでは自分達の気持ちを晴らすに過ぎない。国に殉じた人達就中特攻隊員の精神を、確かと後世に伝えることが最大の慰霊であり、そのためにも碑の価値は大なるものがある。