第三編 顕彰譜

徳空戦没者慰霊観音像(徳島海軍航空隊) 徳空戦没者慰霊観音像(徳島海軍航空隊)

観音像
 
観音像のいわれ

 

由来記
沖縄航空特攻作戦も後段5月下旬の菊水七号作戦以降は、実戦機も欠乏したので九三式中練や白菊まで投入されることになった。
徳島空は偵察練習機であったが、特攻出撃の命を受けて徳島白菊隊を編成し、串良基地に進出して出撃すること5回に及んだ。白菊は低速のため困難な月明の夜間攻撃戦法をとらざるを得なかった。まことに悲壮というべし。

 

第一回10機20名(5月25日)
第二回7機14名(5月28日)
第三回4機7名(5月29日)
第四回3期6名(6月21日)
第五回5機10名(6月26日)
計29機57名。

 

慰霊観音像は昭和49年関係者が徳空会を結成し、特攻戦死者の外訓練殉職者(26名)、空襲戦死者(21名)、戦病死者(2名)、自決者(3名)を合祀し、その鎮魂と戦勲顕彰のために建立した。
毎年慰霊法要がとり行われている。

 

所在地 徳島県板野郡松茂町
海上自衛隊徳島基地史料館内
建立 昭和49年
写真提供 海上自衛隊徳島教育航空群