第三編 顕彰譜

震洋隊殉国慰霊塔 震洋隊殉国慰霊塔

 

 

震洋隊殉国慰霊塔の由来
国道五五号線土電バス停より徒歩三分の処に、高さ二米余、幅一、二米の花崗岩の碑が立っている。碑は太平洋に面し、高知県知事溝渕増己氏の揮毫になる「震洋隊殉国慰霊塔」の文字がまれている。傍らに「青春」の像がある。
これが太平洋戦争終戦の翌日、不測の爆発事故によって散華した、海軍水上特別攻撃隊第一二八震洋隊の若桜一一一の柱の慰霊塔なのである。
昭和20年8月16日午後7時頃、 須崎の第二十三突撃隊司令部から夜須町住吉海岸の部隊に「敵機動部隊本土上陸の目的をもって、土佐沖航行中、直ちに出動してこれを撃滅すべし」の命令が入った。直ちに部署につき、艇の整備にかかったとき、突然一隻が発火、これが誘爆をおこし、2隻の艇と一一一名が一瞬にして空に吹き上げられ散華した。
終戦後の大混乱期にあったとはいえ、この事件は世間に大きく取り上げられることもなく終った。 夜須町では手結眞行寺に殉職者全員の永代供養を依頼するとともに、命日には地元民あい寄り、しめやかな追悼を行なった。昭和31年にいたり夜須町有志が起ち上って奉賛会を結成するとともに、各方面からの浄財五〇万円を集めて現在の慰霊塔を建立したが毎年8月16日には慰震祭を欠かさず、町当局も経費の一部を補助している。
夜須町震洋隊奉賛会

 

所在地 高知県香南市夜須住吉神社登り口
交通  土佐電気鉄道バス住吉バス停徒歩三分
建立 碑 昭和31年8月16日
像 昭和56年8月16日
慰霊祭 8月16日
守護団体 震洋隊奉賛会
中村辰美
(0887-54-2497)